「読書の秋」の出どころは1200年前の漢詩|韓愈が息子に宛てた一行が、漱石を経て決まり文句になった

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10月27日から、読書週間が始まります。2026年で第80回。毎年この時期になると「読書の秋」という言葉をあちこちで見かけますが、そもそもなぜ秋なのでしょうか。
たどっていくと、元和11年(816年)の秋の作と注釈にある一篇の漢詩に行き着きます。しかも、父親が息子に「勉強しなさい」と言うために書いた詩でした。
出どころは、韓愈が息子に宛てた詩の一行
八〜九世紀の中国の文人、韓愈(かんゆ)に「符読書城南(ふ しょをじょうなんによむ)」という詩があります。城南は韓愈の別荘、符は息子の小名とされる名前です。注釈によれば元和11年(816年)の秋の作。つまり「符よ、城南で本を読め」という、わが子に向けた詩です。
全54句のうち、あの四句が出てくるのは終わり近くです。そこまでは、同じころに生まれた二人の子が学ぶか学ばないかで「一龍一豬(一方は龍、一方は豚)」に分かれていく、という長い説教が続きます。読み疲れたあたりで、ふっと季節の話になります。
時秋積雨霽 新涼入郊墟
燈火稍可親 簡編可卷舒
秋になって長雨が上がり、涼しさが郊外の村に入ってくる。灯火がようやく親しめるようになり、書物を開いたり巻いたりできる。おおよそ、そんな意味です。「簡編」は書物のこと。竹の札をつづった巻物を、開いたり巻いたりする動作がそのまま読書を指しています。
暑さが引いて、夜が長くなって、灯りの下に座っていられるようになる。読書に向く季節の説明として、1200年あまり前からほとんど変わっていません。
日本では「灯火親しむべし」という言い回しになった
この一行は日本に入って、「灯火親しむべし」という慣用句になりました。涼しさと夜の長さがそろう秋は、灯りをともして本に向かうのにちょうどいい。辞典はおおむねそういう意味で説明しています。「灯火親しむ」は秋の季語としても使われます。
ひとつ、書き間違えやすいところがあります。「灯下親しむべし」と書くのは誤りです。親しむ相手は灯りの「下」ではなく、灯火そのもの。もとの詩が「燈火稍可親」なので、火のほうが正しい字です。
漱石の『三四郎』に、すでに出てくる
この言い回しが日本でどのくらい前から通用していたかは、小説で確かめられます。夏目漱石の『三四郎』(1908年)の四に、こんな一節があります。
そのうち与次郎の尻が次第におちついてきて、燈火親しむべしなどという漢語さえ借用してうれしがるようになった
日本国語大辞典は、この箇所を「灯火親しむべし」の初出の実例として挙げています。「漢語さえ借用して」と書かれているのがおもしろいところで、明治41年の時点ですでに、少し気取った決まり文句として流通していたことが読み取れます。与次郎はそれを借りてきて、得意がっているわけです。
読書週間が始まったのは、終戦から2年後
「読書の秋」を行事として定着させたのは、読書週間です。
公益社団法人 読書推進運動協議会によれば、第1回が開かれたのは1947年(昭和22年)11月17日から。まだ戦火の傷痕が各地に残るなかで、「読書の力によって、平和な文化国家を作ろう」という決意のもとに始まりました。出版社・取次会社・書店に、公共図書館、新聞・放送のマスコミ機関も加わった取り組みです。
反響が大きかったため、第2回から期間が10月27日〜11月9日に定められました。文化の日(11月3日)を中心にした2週間です。以来この日程が続いていて、2026年で第80回を迎えます。
初日の10月27日には、もうひとつ名前がついています。「文字・活字文化の日」です。2005年(平成17年)にできた文字・活字文化振興法の第11条が「文字・活字文化の日は、十月二十七日とする」と定めていて、法律に書かれた記念日ということになります。
2026年・第80回の標語は「静かだけど、冒険中。」
読書週間には毎年、公募で選ばれた標語が付きます。2026年・第80回の標語は「静かだけど、冒険中。」です。
読んでいる人は黙って座っているだけなのに、本の中では動き回っている。韓愈が書いた「灯火がようやく親しめる」も、漱石の与次郎が借りてきた言い回しも、指しているのは同じ時間です。
夕方の少し早い時間に灯りをつけて、手元だけ明るくして本を開く。窓の外が暗くなるのが早くなったぶん、その時間は10月のほうが長く取れます。
よくある質問(FAQ)
Q. 「読書の秋」の由来は何ですか?
八〜九世紀の中国の文人、韓愈の詩「符読書城南」の一行「燈火稍可親(灯火ようやく親しむべし)」が出どころとされます。秋になって涼しくなり、灯りの下で本を開けるようになった、という内容です。
Q. 「灯火親しむべし」とはどういう意味ですか?
涼しさと夜の長さがそろう秋は、灯りをともして本に向かうのにちょうどよい、という意味です。「灯火親しむ」は秋の季語としても使われます。
Q. 「灯下親しむべし」と書いてもいいですか?
誤りです。もとの詩が「燈火稍可親」なので、灯りの「下」ではなく灯火そのものに親しむ、という字が正しくなります。
Q. 2026年の読書週間はいつですか?
10月27日から11月9日までの2週間です。第80回にあたり、標語は「静かだけど、冒険中。」。1947年の第1回だけは11月17日からで、第2回以降この日程に定まりました。
Q. 10月27日が「文字・活字文化の日」なのはなぜですか?
2005年にできた文字・活字文化振興法の第11条が、この日を「文字・活字文化の日」と定めているためです。読書週間の初日にあたります。
Q. 韓愈の詩は誰に宛てたものですか?
息子に宛てたものです。「符」は息子の小名とされ、詩の題は「符よ、城南で本を読め」という意味になります。読書をすすめる親の詩が、そのまま季節の決まり文句になりました。
夜の読書を長く続けるなら、手元だけを照らす明かりがあると目が楽です。読書灯はYahoo!ショッピングで探せます。韓愈の時代の灯火は油の火でしたが、やっていることは同じです。
まとめ
「読書の秋」の出どころは、韓愈が息子へ宛てて書いた詩の一行「燈火稍可親」です。注釈は元和11年(816年)の秋の作としています。それが日本で「灯火親しむべし」という慣用句になり、1908年の『三四郎』ではすでに、与次郎が得意げに借りてくる決まり文句になっていました。行事としての読書週間が始まったのは1947年で、第2回から10月27日〜11月9日に定着。初日の10月27日は法律で「文字・活字文化の日」と定められています。2026年は第80回、標語は「静かだけど、冒険中。」。1200年あまり前の父親が息子に書いた「涼しくなったから本を読め」が、いまも毎年10月に戻ってきます。
参考サイト
- https://zh.wikisource.org/wiki/%E7%AC%A6%E8%AE%80%E6%9B%B8%E5%9F%8E%E5%8D%97 | 維基文庫「符讀書城南」(韓愈・原文と注釈。「時秋積雨霽、新涼入郊墟。燈火稍可親、簡編可卷舒」および「元和十一年秋作」の注)
- https://kotobank.jp/word/%E7%81%AF%E7%81%AB%E8%A6%AA%E3%81%97%E3%82%80%E3%81%B9%E3%81%97-579619 | コトバンク「灯火親しむべし」(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典ほか)
- https://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/794_14946.html | 青空文庫 夏目漱石『三四郎』(1908年)
- http://www.dokusyo.or.jp/jigyo/jigyo.htm | 公益社団法人 読書推進運動協議会「読書週間」(読書週間の歴史・2026年第80回の標語)
- https://laws.e-gov.go.jp/law/417AC1000000091 | e-Gov法令検索「文字・活字文化振興法」(平成17年法律第91号・第11条)
